生活①

 内出血の痕が緑になっていく。そしてちりちりとかゆい。にのうでに出来たうっすらとまあるい痕はなんだかずっとそこにいる。視界の横でチラチラとゆれている。

 かかさずに血糖を持続的に測定してくれる機械を腕につけている。500円玉くらいの大きさで厚みはスマートフォンよりも薄い。センサーについているぐにゃぐにゃの柔らかい針がずっと体内に刺さっていて、そこに携帯や専用の機械をかざすと身体の状態を数字やグラフで表してくれる。便利で、実に健気なヤツである。センサーは2週間ごとに取り替えることになっていて、これがまた緊張する。しかし、もう半年以上月2回交換してきた訳だからもう随分と慣れてきた。基本的には血も出ない。音だけはなんだか威圧的に大きいが、痛みもない。時たま痛い時もあるが本当に、そうなるのは珍しい。

 それでもその日はなんだか変だった。つけたてのセンサーからダラダラと血が出る。ほう。大量の血を見てもくらりとくる人間ではないはずなのだが、自分の腕からダラダラと血が出ているとなんとも心臓がドキドキしてドタバタと慌ててしまう。そしてようやく血が止まった頃にセンサーを起動させる。うーん。なんだか数値がおかしい。ふむ。毎回夜中に交換を行うため一晩待ってセンターに問い合わせる。センターの方は毎回丁寧で、やさしいのだ、申し訳ないくらいに。いくつかの情報を伝えると、不良品のため交換しましょう。ご迷惑おかけして申し訳ございません。とのこと。いえ、こちらこそご丁寧にありがとうございます。と返す。保留中の電話口ではやけに陽気でおおらかな音楽が砂嵐にまぎれて流れている。勝手にアメリカンな音楽だなあと思っていたが、実際に私がアメリカにいたときにあのような音楽を聴いたかと言われたら定かではない。これはあくまでもイメージの問題なのだ。

 新たなセンサーが届くまで私の腕には何もない。少し前まではそれが当たり前だったのになんだか不思議な気分。使い物にならなくなった不良品のセンサーをにのうでからべりっと剥がしてみたらうっすらと内出血しているのが見えた。なんと。ぎくりとする。青あざを見るのも随分と久々である。大人になると澄まし顔で安全な生活しているからか滅多に怪我をしない。それがなんとなく寂しい感じもする。きっとたくさん出血したときに体内に残ってしまったのだろう。

不思議なことに血はたくさん出たのに痛くはなかったのだ。取るまでの数日間なんとなくいずい感じがあっただけで。だから、どこかに打ったわけでもなく痛みも感じていないここになぜ青あざが存在するのか、しかも綺麗に丸く浮かび上がってくるその形をまじまじと見てしまう。訳もなくなんどもなんども。

 毎日、腕にできたセンサーと同じ形のまあるい内出血の痕を観察する。押してみる。少し痛い。撫でてみる。なんだか一部、瘡蓋ができていてでこぼこする。凝視してみる。最初、赤のような青のような色だったのがだんだんと緑色になってきた。段々とかゆさも感じだす。ここについていた健気なやつ。やつは新しいものが届き次第早々に本社に送り返される。人間の腕に刺さるのをしくったばかりに。

 今朝、感じのいいお兄さんから荷物を受け取る。最近の体たらくな生活によって明け方にならないと寝られない私はベットの中でこの際、寝ないで受け取ってやろうと意気込んでいた訳である。なんなら私は3日ほどこの荷物を取り逃がしている。明け方に寝たら人間は昼過ぎまで起きない。たいてい我が家には8:30〜9:30の間に荷物がやってくる決まりなのだ。お兄さん何度も配達させてごめんなさい。

 そして新たなやつがやってきたところになんだが、センサーを装着するのがやけに面倒臭い。これぞ横着。だいたいやつは音がでかい。もっと静かに装着できればいいものを。その音はさながら、学校の印刷室にあったでかいホチキスのような音である。そういう耳につくような音はたいてい気分が悪い。さぼりたい。なんだかとても、さぼりたい。きっと先生は心配するだろう。それでもなんだか、あのグラフ上からいなくなってみたい。そんな空想を繰り広げる。

もくもく。